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長崎地方裁判所平戸支部 昭和41年(ワ)25号 判決

主文

被告有限会社渡辺重機は原告に対し金百四十七万四百八十一円とこの金員に対する昭和四十二年一月十日から支払済に至るまで年五分の割合による金を支払え。

原告の被告有限会社渡辺重機に対するその余の請求は之を棄却する。

原告の被告上迫高徳に対する請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を二分し原告と被告有限会社渡辺重機の双方が各自平等の割合にて負担する。

第一項に限り原告に於て金三十万円を供託するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として、被告等は各自原告に対し金三百万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による損害金を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並び仮執行宣言の申立をなし、その請求原因として、原告は昭和三十八年十二月十九日松浦市志佐町方面より調川町方面に向け国道左側をリヤカーを曳いて進行中、午前七時五十分ごろ、同市調川町下免四番地先路上に於て、同一方向を飲酒の上運転して来た被告有限会社渡辺重機(以下被告会社と略称する)の従業員武田義則の普通貨物自動車にその過失に因り接触されて顛倒し、因つて左上腕亀裂骨折その他の重傷を蒙り、同日より翌年二月十五日まで居部落の菊池病院に入院、以後同年四月二十一日まで通院治療を受けたが変形性背椎症その他の後遺症を残し、その後更に北松浦郡田平町森診療所の診療を受けたりなどしても仲々全治に至らず、又生業である養豚も出来なくなり無収入となつた等のため、一応マツサージ等に頼るのみで医療は中止の止むなき有様である。そこで原告は

1  医療費の内森診療所分一万五千五百三十八円(菊地病院分六万六千九百七十二円は被告上迫から受領済)

2  休業補償費(昭和三十八年十二月二十日乃至三十九年十月三十日)

領収証飯焚黒川分十一通人夫加椎分二十一通三十万七千二百円の内払分(領収証朝日会館林在源名十一通十七万六千三百六円受領済)を差引いた金十三万八百九十四円

3  廃業による失得利益

原告は明治三十八年六月二十二日生れであるから、昭和三十九年十一月一日の廃業時五十九才であり、平均余命一八・四八である。養豚業は本件受傷までは現に元気に営んでいたものであり、右事故が若しなかつたならば廃業後少くとも一〇年間(六九才)は稼働し得たものと謂うことができ、養豚業により得べかりし利益一ケ年につき金四十二万円の一〇ケ年分をホフマン式計算法により算出すれば、少くとも金二百七十九万九千七百二十円となる。

4  慰藉料

本件で原告に過失のあつた証左もなく後遺症等諸般の事情を勘案すれば、慰藉料八十万円は決して過大ではなく寧ろ寡少に過ぎると謂つても過言ではない。

被告会社は前記訴外武田の使用者で、右損害は同訴外人がその事業の執行につき原告に加えた損害であり、又、被告上迫は松浦市志佐町大浜海岸埋立工事を被告会社に下請させていた元請負人で、両者間には民法第七百十五条に所謂使用者と被用者の関係と同視し得る場合に属するものであるから、原告は被告両名を不真正連帯債務者として右損害金の内三百万円とこれに対する訴状送達の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるなめ本訴請求に及んだと陳述し、被告上迫の抗弁に対し

(一)  同被告は被告会社の従業員(被用者)武田義則の過失の点につき彼れ是れ否認するが、本件傷害が同人の過失に基因することは〔証拠略〕により明らかであり

(二)  本件損害が右武田の被告会社の事業の執行につき原告に加えたものという点亦同様否認される処であるが、凡そ民法第七百十五条に所謂事業の執行につきとは、事業執行を被用者の意思のみを基準とせず客観的に判断し広く事業執行行為と同様の外観を有する行為はすべて事業の執行につきなされた行為であると解するのが相当と謂うべく(大阪地裁昭和三十七年十二月二十一日判決参照)、〔証拠略〕によれば、前記武田が被告会社所有の貨物自動車を運転して朝食をとりに行く途中の事故であつたことは窺われるが、その自動車には「渡辺重機」と表示してあり、そのころ毎日被告会社の元請人である被告上迫組所有の貨物自動車と共に本件ボタ運搬に従事していたものであつて、事故当日も朝食をとつて現場(作業)に急ぐ途上の出来事であることが明らかであるので、事業の執行につき加えた損害と謂うことが出来るのである。

(三)  同被告は更らに下請人たる被告会社の被用者武田義則に対し何等元請負人としての指揮監督関係が及んでいる場合でないので、本件につき責任はない旨抗争するけれども、前記の事実〔証拠略〕によれば被告上迫の元請人としての指揮監督関係が右武田等にも及んでいたこと明らかであるから、請求原因第二項後段記載の主張は正当だと謂わなければならないと附陳し(最高裁昭和三十七年十二月十四日判例)、以上の立証〔略〕

被告上迫高徳訴訟代理人は主文第三項、第四項、同旨の判決を求め、その答弁として、昭和三十八年十二月十九日午前七時五十分ごろ、松浦市調川町下免四番地先路上において、被告有限会社渡辺重機の従業員武田義則運転の普通貨物自動車により、当時調川町方面に向け国道左側をリヤカーを曳いて進行中の原告に接触させて顛倒し、因つて左上腕亀裂骨折その他の重傷を蒙り、同日から翌年の昭和三十九年二月十五日までの居部落菊池病院に入院、以後同年四月二十一日まで通院治療を受けたが、変形性背椎症その他の後遺症を残し、その後更らに北松浦郡田平町森診療所の診療を受けたりなどしても仲々全治に至らず、又、生業である養豚も出来なくなり無収入となつたので、一応マツサージ等に頼るのみで医療は中止したとの主張は認める。然れども、右事故は訴外武田義則が午前七時三十分ごろ、有限会社渡辺重機の普通貨物自動車を運転して朝食をとりに行く途中の出来事で、右訴外人は警笛を鳴らしたが全く避ける様子もなく、遂に原告の過失によつて原告に接触したのであるが、原告は聾であり唖者であつた。又、訴外武田義則は飲酒運転はしてなかつた。又、森診療所の未払代金が一万五千五百三十八円あること、菊池病院分六万六千九百七十二円を被告上迫に於て支払つたこと、又、休業補償費として十七万六千三百六円を原告に於て受領し、その残りの休業補償費が十三万八百九十四円あることは認めるけれども、原告主張に係る廃業による失得利益十ケ年分としてホプマン式計算法による金二百七十九万九千七百二十円、又慰藉料八十万円の損害を蒙つたとの主張については争う。被告上迫高徳に於ては運転手武田義則を雇用したことはなく、被告上迫は相被告渡辺重機に対し、土砂岩石等の運搬請負をなさしめ、渡辺重機は之を請負い、午前八時から午後五時まで運搬に当つていたもので、被告上迫高徳は本件自動車運転手と何等関係なく(自動車は渡辺重機の所有であり、武田義則運転手は渡辺重機の使用人である)、従つて自動車損害賠償法上の責任民法第七百十五条の責任を負う理由なく、仍て本件賠償の責任なく、原告の請求は棄却さるべきものであると陳述し、尚原告は被告上迫高徳の使用人と同視すべきものと主張するけれども、仮りに国家が三菱造船に造船を請負わせ、三菱更に其部分品製作をA会社に請負わせ、A会社の使用人が第三者に負傷を負わせた場合、国家にまで損害賠償の責任が来るものか、民法第七百十五条は或事業のために他人を使用する者は被用者がその事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責に任ずとあつて、使用者がその被用者の第三者に加えた場合に責に任ずるもので、訴外武田義則は被告有限会社渡辺重機が使用者で、武田はその被用者であつて被告上迫の被用者でないこと明らかである。従つて訴外武田が原告に損害を加えたとは云え、被告上迫はその使用者でないから責任はないと言うべきである。被告上迫は渡辺重機に土壌運搬を請負わせているだけで、その他運転手武田義則を指揮監督する特段の行為はない。(最高裁昭和三四年第二一三号、三十七年十月十四日判決)。民法第七百十五条第二項に関し本件黒川ルイに損害を与えた被告渡辺重機の自動車運転手武田義則の事業監督は誰がしていたかにつき、(イ)事業の指揮監督は長崎県北開発振興公社より係員が来て土砂の運搬指揮監督をなし、ダンプカー等の自動車の指揮監督はその所属の各組即ち本件では被告上迫より下請していた藤井組、奥本組、渡辺重機等の各組でしていたので、右各組に属する貨物自動車については被告上迫高徳に於ては指揮監督の権限もなければ現実にしていない。以上訴外武田義則は自己の使用人でもなく本件埋立工事を総括的に請負つた下請負会社有限会社渡辺重機の運転手で、被告上迫高徳に於ては何等指揮監督もしておらず、事業上の指揮は長崎県北開発公社に於て直接なし、被告上迫高徳は請負代金を右公社より支給され之を下請負人等に支給するにすぎず、従つて原告が右訴武外田義則運転の自動車に触れて負傷したからといつてその責任を負う筋合ではない。然し、仮りに責任を負わねばならないとの御判断ありとするも、原告は負傷当時既に五十八才であつて、人の稼働能力は何処の裁判例に於ても満六十才であるから一ケ年半の稼働余命しかない。又聾唖の老婆一人での豚飼で一ケ月三万五千円の月収等ある理由はない。殊に生活保護者においてをやである。又慰藉料に関しても被告上迫は前記理由により責任はないと確信するが、仮りにありとの御判断ありとするも、原告は聾唖の上眼も白内症にてよく見えぬという者が、リヤカーに残飯を載せて曳くとは無謀も甚だしい。訴外武田の鳴らした吹鳴も聞えず勝手な通行をなすことは過失も重大であつて、大いに過失相殺さるべきものと信ずる。又原告は右陳の様な身体状態であり、怪我も大したものでないのに八十万円の慰藉料等以ての外であると陳述した。〔証拠関係略〕

被告有限会社渡辺重機は本件各口頭弁論期日に出頭せず答弁書其の他の準備書面をも提出しない。

理由

原告は昭和三十八年十二月十九日午前七時五十分ごろ、松浦市志佐町方面から調川町方面に向け国道左側をリヤカーを曳いて進行中、同市調川町下免四番地先路上で同一方向に進行していた訴外武田義則運転の普通貨物自動車に右リヤカーが接触し、そのため顛倒して左上腕亀裂骨折その他の重傷を負い、同日から翌年の昭和三十九年二月十五日まで居部落の菊池病院に入院して治療したこと、その後は同年四月二十一日まで同病院に通院して治療を受けたこと、然し原告は完全に治癒せず変形性背椎症その他の後遺症を残し、そのため更らに北松浦郡田平町森診療所の診療を受けたが仲々全治に至らず、生業である養豚業もできなくなり無収入となつたので一応マツサージ等に頼り、医療は中止した。而して昭和三十九年十月まで人手を雇つて養豚業を続けて来たが廃業して、昭和四十二年二月一日から国の生活保護を受けて現在に至つていることは公文書であるから〔証拠略〕により認めることができる。

次に医師の治療費であるが

(1)  森診療所分に金一万五千五百三十八円要したことは〔証拠略〕にその旨の記載あるので確実である。

(2)  菊池病院の分として金六万六千九百七十二円が支出されたことは〔証拠略〕に右金額が記載せられ、被告上迫から受取つた旨記載せられあるので間違はない。

(3)  休業による労務賃として原告に於て第三者に支払つた金額が三十万七千二百円あつたことは〔証拠略〕により認められる。従つて、原告に於て養豚の人夫賃として第三者に支払つた金員中未だ受取つていない金額が十三万八百九十四円あることは、三十万七千二百円から十七万六千三百六円を控除した金額であることは明らかである。而してこれら金員は本件自動車事故により、原告が入院したり、或は通院したりして養豚業が出来なくなりそのために支出したもので、当然加害者側において支払うべき金員であることが前記証言によつて認められる。

次に原告代理人は、養豚業の廃業により得べかりし利益の損失として、廃業時原告の年令は五十九才であるから尚十年間稼働し得るものとして、養豚業により得べかりし利益として利益一ケ月につき金三万五千円、一ケ年につき金四十二万円の十ケ年分の損害は、ホフマン式計算に依れば少くとも二百七十九万九千七百二十円になると主張し、合計金員中三百万円を請求するものであると主張せられるので、按ずるに、〔証拠略〕に依れば、昭和三十九年一月から同年十一月まで原告から豚を買受け、その純利益が月三万五千円位あることが認められるのであるが、〔証拠略〕に依れば、原告の外に家族の者が手伝つていたことが認められる。又、原告は只一人の生活者で、その生活費を控除すれば、原告の一ケ月の純利益は金一万五千円を以て相当と認める。又、原告代理人の主張に依れば満七十才まで稼働能力がある旨主張せられるけれども、仕事が肉体的労働であるところからして、その稼働能力は六十五才を以て妥当なものと認める。然れば満五十九才から満六十五才まで六ケ年、一ケ月純利益一万五千円としてこれをホフマン式計算法に依れば金九十二万四千四十九円となる。右金員が得べかりし利益であり、右金額を以て相当と認める。

最後に原告代理人は、慰藉料として原告に過失のあつた証左もなく、後遺症等諸般の事情を勘案すれば、慰藉料八十万円は決して過大ではなく寡少に過ぎるのであるが、金八十万円を請求する旨主張せられるのであるが、原告の家族関係、資産関係、経歴等から判断して金四十万円を以て相当と認める。右認定の範囲においてのみ相当と認める。

以上(一)の森診療所分一万五千五百三十八円、(二)休業補償費金十三万八百九十四円、(三)廃業による失得利益金九十二万四千四十九円、(四)慰藉料金四十万円合計金百四十七万四百八十一円は原告が蒙つた損害及び受取り得べき金額と謂わねばならない。

被告有限会社渡辺重機はその雇用人である訴外武田義則が運転していた普通貨物自動車に、原告の曳いていたリヤカーに接触、そのため顛倒し重傷を負つたこと、右自動車運転が職務の執行につき与えた損害であることは〔証拠略〕により認め得られるので、被告有限会社渡辺重機は原告に対し右金員を支払うべき義務あるものと謂わねばならぬ。

次に被告上迫の責任の問題であるが、証拠を検討すれば、被告上迫と被告有限会社渡辺重機との関係は、単に元請と下請の関係にあつたにすぎない。指揮監督権はなかつたものと認める。この点に関する〔証拠略〕は当裁判所の信用しないところである。又、〔証拠略〕を以てしても、被告上迫に支払責任あるものとは認め難い。被告上迫が種々治療費を支払つているのは、林在源の強硬の手段により止むなく被告有限会社渡辺重機に代つて支払つたものと認めるのを相当とする。最後に訴状送達の翌日が昭和四十二年一月十日であることは記録上明らかである。仍て原告の被告有限会社渡辺重機に対する本訴請求は、右認定の範囲に於てのみ之を相当として認容し、他は失当として棄却し、被告上迫に対する本訴請求は之を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の如く判決する。

(裁判官 名喜真武勝)

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